夜の踊り子
(4)夜の踊り子
中間考査が終わり、試験結果が出たものの、当然来期にどのクラスになるのかという結果は出ない。
ただ、成績が悪いよりかは良い方がいいに決まっている。
幾久は試験後に、先輩達と答えあわせをしていたので自分がテストの点数が何点くらいなのかは知っていたが、クラスでどのくらいかは判らなかった。
やっと結果が出たものの、それは『鳩』クラスで上から三番目、という内容だった。
その結果を見て、高杉も久坂も吉田も『まあ、今の所はそれでいいんじゃない』という事だった。
「できればぶっちぎりトップが良かったけど、やっぱ厳しいねえ」
久坂が言うと、高杉が頷いた。
「入試後に浮かれている鳳を落とすチャンスじゃからな。そりゃあ、頑張るじゃろ」
「やっぱそうなんすか?」
疑問に思い、幾久が問うと吉田が「そうだよー」とお茶を持ってきつつ答えた。
「鳳ってやっぱこのあたりじゃエリートに入るからさ、入試でそこまでたどり着いたら浮かれるヤツも出てくんの。実は一番、鳳から脱落するヤツが多いのも、一年の最初の試験なんだよね」
「へー、」
「ギリギリで鳳に入れなかった鷹の子とか、すごい頑張ると思うよ」
確かに、入学するという時に望んだクラスかそうじゃないのか、はこの学校では随分と違うだろう。
「いっくんの上に居るやつも、多分鷹行くつもりで脱落しちゃった子だろうね」
千鳥クラス以外の、鳳、鷹、鳩は結果順位が張り出されるので当然誰が何位なのかはばれる。しかも所属寮まで書いてあるのだ。
鳩はさすがに上位半分程度しか出ないが、鳳、鷹クラスは全員が何位なのか誰にでもわかるようになっている。
幾久は自分のレベルを考えると、そこまで悪いとは思わなかったが、それでもやはり鳳は別格なんだな、と素直に感心した。
「そういえば、先輩たちは何位なんすか?」
「ん?いっくん張り出し見てないの?」
職員室前の掲示板に、成績は張り出されていて、学年が違っても見れるようにはなっていたはずだが。
「まだ見てないっす」
すでに今日、張り出されているのは知っていたが、手元に自分の成績さえあればいいか、と興味もなかったので見ないで帰ってきたのだった。
「一応、見には行ったんすけど、人すげーから諦めたんす。トシやヤッタは放課後にもっかい見に行ってみるって行ってましたけど」
掲示板は上級生が沢山居て、かきわけていくのも気が引けた。二人は友人やなじみの名前を見たかったらしいが、ここに来たばかりの幾久に知っている人はあまりいないし、知らない他人の成績を見るのも面倒だったので、先に寮に帰ってきたのだった。
「今回は僕がトップ」
手を上げて久坂が言う。
「ってことは、久坂先輩学年トップ?」
「わしが次じゃ」
「ってことはハル先輩学年二位?」
ってことは、まさか吉田が三位なのか?と驚いて吉田を見るが、吉田は苦笑する。
「おれ?おれはさすがに三位じゃないよ」
「そうなのか」
なんとなくほっとして成績表を見るが。
「八位!栄人だけに!」
「学年八位もすげえじゃないっすか……」
ということは、この寮には報国院の二年生の成績一桁台が三人も居るということか。
「ガタ先輩は?」
現在鷹クラスの山縣は、幾久の事を鳩だと馬鹿にしているからさすがにそんなに悪い成績ではないだろうけれど。
「ああ、ガタは鷹の二位だった」
「二位?!ガタ先輩が?!」
驚いて声を上げた幾久だが、吉田はそんなもんだよ、と言う。
「多分中期に鳳に戻る気だろ。そんで最近、寝不足が一層酷かったんじゃないのかな」
「ガタ先輩が、鷹の二位……」
大体、鳳はどの学年も二十人居ない。ということは山縣の順位は学年二十番くらいということになる。
「クラスごとにわけてあるから判りにくいけど、重要なのは順位じゃないから。あくまで学年全体で、自分が何点で学年全体で何位程度にいるのかを把握しておかないと」
「学年での順番は出ないんですか?」
幾久が尋ねると久坂は出ないよ、と答えた。
「そこまで学校は親切じゃないよ。自分の点数と順位くらい自分で確認しろって言われる。成績表にはつけられるけど、そんなのただの記録で意味ないだろう?」
「じゃけ、みんな張り出しを見に行くんじゃ」
と高杉が言う。
「張り出しを見れば、例えば幾久が鳩で三位であっても現時点で鷹クラスを何人抜いてるのか、判るからの」
張り出しには合計点数も乗っている。ということは、幾久が例え鳩クラスで三位であっても、幾久より下の点数の鷹クラスの人がいる可能性がある、ということだ。
「成る程、クラスの順位はあまり意味がないのか」
これって油断しちゃいますよね、と言う幾久に、吉田もまあね、と答える。
「でも油断するのはそいつの自己管理不足なわけじゃん?点数見せてくれてるんだから、見ないのはそいつの勝手だし」
「例え鳳クラスだからって安心してたら、鷹クラスに抜かれたりとかもあるんですね」
「そそそ。時には鳳に千鳥がぶっこんで来る事もあるからね」
「ハァ?!そんな事が?」
まさか、鳳と千鳥は同じ校内に存在するのが意味不明なほど、レベルが違うのに、と驚くが。
「確か千鳥って、試験内容違うんじゃなかったっすか?」
「そうだよ。鳳、鷹、鳩は同じだけど」
「だったらどうやって、千鳥がぶっこんでこられるんです?」
まさかレベルが違うのに、点数で判断するのか?と幾久が考えていると吉田が教えてくれた。
「簡単だよ。千鳥であっても千鳥の中で成績上位であれば、希望者には鳳とかと同じテストが受けられんの」
「成る程」
それでなのか、と幾久は納得した。
「千鳥の半分くらいはやっぱ鳩狙いで上の試験受けるの多いし。希望すれば千鳥のみの試験も、おれらと同じ試験も受けられるからチャンスは多いんだよな。でも、それでもまず千鳥から鳳にぶっこんでくるやつなんかそういないって」
滅多に聞かないよ、と吉田が言う。だろうな、と幾久も思う。
「じゃあ、一応オレもチェックしといたほうがいいっすね」
「ま、気になるならね。自分の位置を知っておくのは悪いことじゃないと思うよ」
久坂の言葉に、高杉もそうじゃぞ、と相槌を打つ。
「中間考査が終わっても、一ヶ月もすりゃあ期末考査じゃからな。油断は大敵じゃ」
「うわー、折角試験終わったばかりなのに、もうそんなの考えなきなのかー」
確かにスケジュールを確認すると、試験が終わって安心している暇はない。まる一ヶ月、過ぎたらもう試験が始まってしまうのだ。
(どうすっかなぁ)
いや、それよりも幾久には考えなければならないことがあった。
(オレ、どうすんだろ)
それは、前期が終わってもこの学校に居るかどうかということだ。父との約束は入学して三ヶ月間、つまり夏休みの前までこの学校に所属して、様子を見て、希望すれば東京の進学校に編入させてくれるという事だったが。
(オレ、本当にどうすんだろ……)
編入するのなら、夏休みに入る前に決めてしまわなければいけない。だけど幾久には、東京に戻る理由がなくなってしまっていた。
自分でなにも考えず流されてばかりいた頃は、母親の言うとおり、希望通りに動いてきて、それが一番楽で面倒じゃないと思い込んでいたけれど、いざ自分がそれをやりたいのか、と考えるとそんな事はない気がする。
正直、東京に親しい友人が居たかといえばそうでもない。誰からも連絡がないのがその証拠だ。
あたりさわりのない、普通に、適当に、すごしていたからそんなもんだろうと思っていた。
だからこっちに来て、この寮に入って驚いた。
とにかくここは、人間関係が濃い。寮に入っているせいがあるかもしれないけれど、もうみんな互いを兄弟のように思っているみたいだ。
例えば、他寮の三年生の桂雪充なんて幾久とは深いなじみもないのに、幾久には気をかけてくれるし、話もしてくれる。
元々がそういう人というのもあるかもしれないが、それでも凄くいい人だなと思う。高杉も余計なお節介な所はあるけれど、いい先輩といった風だし吉田は寮のお母さんみたいになっている。山縣は……まあ、あれはあれで変な生き物だと思えば。
つまり、ここは面白いし居心地だって悪くない。
先輩たちは学年トップクラス、ということはこの地域では一番頭がいいということになる。その先輩達が勉強を教えてくれるこの環境は塾の必要がない。
しかも教え上手だったりもする。
(あれ?東京に戻る理由、なくね?)
それよりもこの環境よりいい環境が、今更東京に戻ってありえるのだろうか。
東京に戻るという事は、間違いなく自宅へ戻るということで、ということはあのヒステリックな母親と毎日一緒に過ごさなければならないという事で。
幾久はぶるっと体を震わせた。
家に住んでいる頃は、それが当たり前とか、少しうるさいな、くらいにしか感じなかったのに、いざ母親の居ない環境に身をおくと、あまりの静けさと、他人と話が通じるという当たり前の事に驚いてしまう。
幾久にとって会話は、挨拶となにかの確認の為に必要なものであって、母親に対しては宥める為に使うものだった。
でもここではそうじゃない。
自分の感情や、考えた事を訴えたり、面白い事を喋ったり、そんな事に使っている。
当たり前の事なのに、その当たり前が今まで全然使われてこなかった。
嫌だな、と幾久は初めてそう感じた。
あの家に帰るのも、母親の元に戻るのも嫌だ。
でもそんな理由で、ずっとここに居てもいいものなんだろうか。
先輩達が幾久の次の試験に向かうまでのスケジュールについて、あれこれと話していると、山縣が居間に入ってきた。
「あ、ガタ先輩ちっす」
「よう鳩の三番目」
いつの間に知っているのか、山縣はそう言った。
「えーと、ガタ先輩は鷹の二番目でしたっけ」
「ま、鳳三人抜いてっけどな」
ふふんとふんぞり返るが、幾久は素直に感心した。
「えっ、本当なんすか?すげーじゃないっすか」
「……おぅ」
その様子を見て吉田が山縣に笑う。
「ガタ、素直にお礼言ったら?」
続けて久坂も乗っかった。
「そうそう、折角一年生が褒めてくれたのに。鷹の二番目」
鷹、というところをやたら強調していう所が久坂の怖いところだ。しかし今回はなぜか高杉も乗っかってきた。
「ガタ」
高杉に言われれば、山縣も言わないわけにはいかなくなり、「どうもありがとうございましたっ!」と山縣は幾久にお礼を告げた。完全に表情は『負け』にしか見えなかったが。
「あ、そうだ。ちょっと来い」
山縣が幾久を呼び、廊下へと出ると山縣が自分のスマホを幾久に見せた。
「トッキーがお前に用事があるんだと」
「時山先輩が、っすか?」
「ほかに誰がいんだよ」
ちっと山縣が舌打ちするが、いつも通りの山縣なので幾久は気にしない。
「なんの?」
「俺が知るかよ。とっとと返事しろ」
ぽいっとスマホを渡される。どうやら電話がつながっている状態らしい。
「えーと……乃木、ッスけど」
『あー、いっくん?オッス、オラトッキー!』
「や、そのくだりもういいんで」
『相変わらず空気読まないねー。あ、それでさ、今日そっちにお邪魔しようかと思うんだけど』
「勝手に来たらいいんじゃないっすか?」
もう時山が御門寮に来るのは知っているので、勝手に来て勝手にオタ芸でもダンスでも練習したらいいのにと幾久は思うが、時山は幾久に会いたいらしい。
『いやいやいや、いっくんに用事あんだって。えーとそうだなー、今夜どう?』
「や、時間言ってくださいよ」
『オッケー、じゃあ二時ね!』
「え?二時って、まさか夜中のに」
幾久が尋ねる前に、もうさっさと時山は電話を切ってしまっていた。
「もー、なんなんだよ!聞けよ人の話!」
いくら週末だからって、夜中の二時はどうかしていると思う。そう思いながらも、約束してしまったものは仕方がない。
夕食後、早めに眠っていると夜中の二時前に、山縣が起こしに来た。
『おい、起きろ』
「……はい」
のそりと起き上がり、あくびしながら居間へと向かった。
「ウェーイ!こんばんわーいっくん!」
「夜中なのに元気っすね……」
ふわぁああ、とおおあくびする幾久に、山縣が「着替えろ」と言う。
「え?なんでですか」
「いいから。さっさと着替えろ」
「制服に?」
「なんでだよ。コレ着ろ」
山縣が差し出したのは、白いTシャツにベージュのカーゴパンツだ。しかもTシャツにはマジックで書いたとしか思えない文字が書いてある。
「……?なんすか?」
「お前にミッションだ」
山縣の言葉に幾久は表情を曇らせた。
「まじっすか」
山縣のミッションというのはつまり、幾久になにかを手伝えという事だ。
「いやっす」
以前それで明太子を買いに行かされてひどいめにあった。
「でもね、いっくん。これ何だと思う?」
時山がにこにこしながら、スマホを幾久に見せる。
なんだ?と覗き込むとそこにはある動画が映っていた。
『おはようございます~実は今から、報国院高校の御門寮のアイドル、乃木幾久くんの、寝起きドッキリ、やっちゃいたいと思います~』
画面から聞こえる声は、間違いなく時山の声だ。
しかも映っているのは間違いなく、幾久だった。
様子から察するに、多分この前時山が寮に泊まった時のものだろうが。
「なに撮ってるんすか……」
がっくりと肩を落とす幾久だったが、時山は画面をさささっと先に進め、あるシーンを見せた途端、幾久の表情が青くなり、赤くなる。
「ななな、なに撮ってんすか!痴漢ですか!」
「だってアイドルのパンツは気になるもんでしょ?」
「アイドルでもねーし!消してください!」
「いいよー」
あっさりと返事する時山だが、幾久は山縣を睨んだ。
「つーことは、なんかオレにさせるつもりですね」
「察しがいいよねいっくん!実はそうなんだ!」
「なにさせるんすか。犯罪はお断りっすよ」
「たいしたことねー」
そう山縣は言うが、そっぽを向いているあたり、多分あまりよろしくない事だ。
「まずいことなら、ハル先輩に言いつけますよ」
山縣は高杉に絶対に逆らえない事を知っているのでそう言うと、山縣は一瞬動きを止める。
だが、「まあ、いいから移動すんぞ」と幾久を寮を連れ出した。
山縣、時山、そして幾久の三人が向かったのは、御門寮の敷地内にある、あの茶室だった。
茶室の中の土間の部分の壁に、いつのまにか布がかけられている。
「なんすか、コレ」
「これ。見てみてん」
時山に言われて三脚に置かれたカメラを覗き込むと、まるで布地が壁のように見えて、この茶室とは判らない。
「ひょっとして、撮影っすか?」
「おお、理解早いじゃん!そうなんよ!」
時山が嬉しそうに言う。時山と山縣は動画を作って動画サイトにアップしてけっこうな回数視聴されている。つまり、その動画を今から撮って、幾久も撮影に協力させるつもりで連れてきたのだろう。
「まあ、こんくらいいいっすけど」
だったら妙な動画なんかとって脅すんじゃなくて、最初から『動画撮るのに協力して』って言えばいいのに。しかし時山は幾久に、ある道具を手渡した。
「?なんすかこれ」
「え?いっくんトライアングル知らない?」
「……知ってますよそんくらい」
幾久が聞きたいのは、なぜトライアングルを持たせるのか、ということだ。そしてなぜ、わざわざ服を着替えさせたか、ということだ。
幾久の着ているTシャツには、マジックで『トライアングラー』と雑に書いてあるがまさか。
「まさか、オレを動画に出すつもりじゃあ」
さっと山縣がダンボールを取り出した。大手通販会社のダンボールに、目の位置に二つ丸が書いてある。
「これでお前とはバレない」
思わずダンボールを足元に投げつけてしまった。
「ああっ!お前のマスクが!」
「オレのマスクじゃねーっすって!」
流石にこれはない、と幾久は山縣を睨みつけた。
「なんなんすか!オレ、この前も被害者ですよ?!なのになんでオレが脅されて動画なんか撮られなきゃなんないんすか!」
「お前だけじゃねーよ!俺も出るんだよ!」
「おいらも出るよー」
時山が参戦するが、幾久は時山を無視した。
「ガタ先輩?なんでオレが」
「すまん!!!!!」
いきなりそう頭を下げてきて、幾久は驚いた。
山縣は『サーセン』という事は会っても、反省することなんか一度もない。きちんと謝ったこともろくにない。大抵が吉田に『謝れ』と命令されて仕方なく、といった風になっているので、幾久は山縣の行動に驚いた。
「お前、俺とトッキーが動画やってんの、知ってんな?」
「ハァ、まあ知ってますけど」
あれが山縣とは今でも信じられないほど、ダンスが上手い二人だったが。
「で、その動画ってけっこう人が見るんだわ」
「ハァ。確かに再生数凄かったっすね」
「でな、動画って、見てもらえたら金が入んの」
ちょっと待て、と幾久の表情がゆがむ。金とはつまり。
「つまりあれっすか、俗に言うユーチューバー……」
世の中に動画をたくさん見てもらってお金を稼ぐ人種が居ることは幾久だって知っていたが、まさか山縣がそんな事をしているとは思わなかった。
「ユーチューバーってほどでもねーし、別の動画サイトでスポンサーが居て、まあそれはいいんだけど」
「よかねーですって!オレら高校生っすよ!んなことしていいんすかっ!」
「いいんだな、それが」
時山が言う。
「へ?」
「だってウチの学校ってさ、別にバイト禁止じゃないよ?千鳥は駄目だけど」
「え……まじっすか」
普通、高校はアルバイトを禁止するはずだが。
「だから金稼いでる部活もあるよ」
「まじっすか?」
思わず山縣を見ると、うんうんと頷いている。
「ハル先輩に言いますよ?」
「別にかまわん」
ふんぞりかえっている所を見ると、ここは本当にそうなのだろう。山縣は高杉の名にかけては嘘はつかない。
「動画を見てもらって広告収入と、それと個人スポンサーっていって、動画が面白かったらお金払って『次も面白いの作ってね!』みたいなシステムがあんの。おいら達、それでけっこう稼いでんの」
「ま、バイトレベルだけどな」
山縣がそう言うので、本当にバイトレベルなのだろう。
「でも、だったらバイトくらいしたらいいじゃないっすか」
バイトレベルしか稼げないのなら、わざわざこんな動画で稼ぐ意味が判らない、と幾久は思うのだが。
「ばっかおめえ、鳳に戻るためには勉強時間が必要だろうが。ゲームする時間もいるし」
「?はぁ」
「で、バイトなんかしたら勉強する時間もゲームの時間も削られっだろ」
「はぁ」
「だったら、これで稼げば、勉強もできる、ゲームもできる、稼げる!」
「……」
つまり、山縣は高杉と同じ鳳クラスに戻るつもりで、その為に勉強しなければならない、しかし勉強時間が必要で、バイトする暇がない、が、お金は欲しい、結果、動画で稼いでいる、といったことになる。
「俺には夏に、戦いが待っているんだ」
山縣の言葉に、幾久はまた意味不明なことを言い出したと肩をすくめる。
「その戦いはえげつねえ。体力と金とチャンスがなけりゃ、勝ち抜けねえ戦いなんだ」
「はぁ……」
面倒くさい。どうでもいいからもう寝たい。
「最近さぁ、おいら達の動画っていまいち伸びが悪くてさぁ。マンネリって言うか」
「そこで新しい風を入れようと思っていたところで、お前に破魔矢が立てられたと」
「白羽の矢、ですよね」
「そうとも言う」
そうとしか言わねー、と幾久は思ったがつっこむのが面倒くさい。
「別に大変なミッションじゃねーよ。そのマスクかぶって、俺らの背後でひたすらトライアングル鳴らしてりゃいいだけで」
「……」
しかし、なぜ自分がこんな事に巻き込まれなければならないのか。むっとしている幾久に、山縣がすっと告げた。
「ちなみに、成功報酬は三人で分ける」
「……!」
「そんな悪かねーと思うぞ?お前だってバイトくらいの金、欲しいだろ?」
確かに、と幾久は思う。父は毎月お小遣いをくれるが、なんだか好きに使うのも申し訳ない気がして、思う存分欲望のままには使えずに居た。
でも、バイトなら自分で稼いだお金だ。それをどう使っても問題ない。
「本当に、バレないんすね?」
幾久の言葉に、山縣が喜んだ。
「ばれねーばれねー。誰も俺に興味なんかねーし」
それはそうだな、と幾久は納得する。山縣は基本、誰にも相手されないし自分もしてない。
時折、知り合いからパソコンがどうとか、ゲームがどうとかいうときに尋ねられるくらいのものだ。
時山を見ると、時山も頷いた。
「面倒じゃん。わざわざ自分からばらさないって」
だから内緒にしてんじゃん、と時山が言う。
「まあ、雪とかここの連中程度は知ってるけど、基本関わらずって態度だし」
確かに、桂雪充もこのことを幾久に教えなかったし、二年生達も黙っていた。ということは、内緒でばれていないというのは本当なのだろう。
ばれない。内緒。しかもバイト料。
幾久の心はぐらぐらと揺れ、そして最終的に。
「―――――俺はお前を信じてたぜ」
ぐっと山縣が幾久に親指を立てる。
幾久はゆがんだダンボールを拾い上げると、それをかぶり、トライアングルを手に持った。
さて、そんな真夜中の動画が撮られた後、時山は以前と同じようにちゃっかり寮に泊まったが、今回はなぜか、自分の寮に帰っていなかった。
日曜日の朝、なぜか居る時山に二年生は誰も驚かなかったので、今までもよくあったのかな、と幾久は勝手に想像した。
眠いので幾久はだらだらと居眠りしながらその日曜日を過ごしたが、山縣と時山はやたら精力的で、その日のうちに動画をまとめ、編集し、夕方にはもうアップしていたらしい。
そんな事をやっているとも、何をしているとも幾久は知らずに、動画の事もそれからは殆ど忘れてしまい、またひと悶着あるのは、先の話だった。
夜の踊り子・終わり